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「蒼文~犀崎堂~」かもしれない。
観月9
それは、とても不思議な時間だった。不安で、嬉しくて、怖くて、でも期待もしていた。私たちはたぶん、半分以上うわの空だったのだ。
何か言葉を交わしても、心の上をかすめていくだけだった。だけどそれが不快かと言うと、ぜんぜんそうじゃなかった。
言葉を交わすだけでも幸せで、けれど怖かったのだ。
深い意味を考えるのが怖かった。たとえお互いの言葉に、意味なんかなくっても。
ただ、この時間が、何かささいな言葉で壊れてしまうことが恐ろしかった。
ただただ平和にこの時間が過ぎ去って、次の瞬間がやってくることを二人待ちわびていたのだ。
「ほんじゃ、さいなら~」
「またねっ」
「帰って山本んち集合なっ!」
大掃除のあとのホームルームが終わって、みんなが教室を出て行く。
午後三時四十分。ほぼ予定通りの時間だった。
あれから私と笹原くんは準備室に戻り、大急ぎで掃除を片付けた。おかげで終了時間にもなんとか間に合ったのだけれど、結局、壁や天井をぜんぶ磨くことはできなかった。
先生のチェックが入らなかったのは、どうやら私たちの普段のまじめな態度が評価されたらしい。「笹原はまあ、あれだけど、佐倉がいるなら完璧だろ?」というのが担任の先生の意見だった。
それよりも問題はエッチな体液で汚れてしまったスカートだったけれど、幸いなことに汚れはスカートの内側だけだったから、濡れ雑巾でごしごし擦ってなんとかごまかすことにした。
人影のまばらになった教室。
笹原くんは先に友達と一緒に帰ってしまった。
少し残念。けれど、悲しくなんかない。
クラスメイト同士が好きあっていたりとか、つきあっていたりとか、そういう事にみんなはとても敏感だ。興味深々で、ちょっとうらやましくて、たぶん妬ましいと思う子もいる。だから、二人の関係がみんなに知られるとまずいかもしれない。もちろん大丈夫かもしれないけれど、保証なんてできない。
「佐倉さん、どうしたの? 先に帰るわよ?」
クラス委員の長野さんがそう言って、蛍光灯のスイッチをオフにした。
教室に残っているのはもう私だけだ。
柔らかなオレンジの光がカーテンの陰から差し込んでいる。
「うん、私ももう帰る」
両手を机について立ち上がった。瞬間、股間がジュンと潤んだ。
「っ……」
足がまだふらついていた。
これでもだいぶんマシになったのだ。最後の掃除の間なんて、とてもじゃないけれど、まともに歩くことすらできなかった。
長野さんは一瞬、不思議そうに首をかしげ、でもすぐに「じゃあねっ」と踵を返した。私は小さく手を振って彼女を見送った。
もう、私一人だけになってしまった。
制服の袖をじっと見つめた。
今はもう、私の首に白いリボンはない。私の中にも彼はいない。
残っているのは一瞬、奥まで繋がった記憶。
それはあまりにも不確かな記憶だった。
思い出すと股間がじゅくじゅくと、いつまでも疼きつづける。
もっと、もっと、確かに繋がりたい。繋いで欲しい。
袖の中を確かめると、サラサラとしたリボンが手首に巻かれている。
笹原くんの残した約束。保証のない恋の、小さな証拠。
「みんなには秘密で、ずっと二人でリボンを手首に括ろう」
たぶん私と同じように、彼も不安なのかもしれない。
私はあなたのことが好きです。
あなたは私のことが好きですか。
この不安は重くなったり、軽くなったりしながら、たぶんずっと続いてしまうものなのだ。
だから、私は明日も明後日も、春休みもずっと、私はこのリボンを大切に手首に巻いているだろう。
キスしていなくても、セックスしていなくても、このリボンがある限り、私と彼は繋がっている。
ずっと、ずっと――。
私はゆっくりと黒板に歩み寄った。白いチョークを手にし、小さな相合傘を描いた。傘のてっぺんに、リボンを蝶々結びにした。
二人分の名前を書こうとして、やっぱりやめた。
私はそのまま回れ右して、教室を後にする。
オレンジ色の夕陽の中で、チョークのリボンがいつまでも輝いていた。
了
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Author:犀崎大洋
ひっそりと再始動したかも。
人畜無害なエロ小説書きです。