2ntブログ

    スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。


    スポンサー広告--/--/--(--)--:--

    観月9

     





     それは、とても不思議な時間だった。不安で、嬉しくて、怖くて、でも期待もしていた。私たちはたぶん、半分以上うわの空だったのだ。
     何か言葉を交わしても、心の上をかすめていくだけだった。だけどそれが不快かと言うと、ぜんぜんそうじゃなかった。
     言葉を交わすだけでも幸せで、けれど怖かったのだ。
     深い意味を考えるのが怖かった。たとえお互いの言葉に、意味なんかなくっても。
     ただ、この時間が、何かささいな言葉で壊れてしまうことが恐ろしかった。
     ただただ平和にこの時間が過ぎ去って、次の瞬間がやってくることを二人待ちわびていたのだ。


    「ほんじゃ、さいなら~」
    「またねっ」
    「帰って山本んち集合なっ!」
     大掃除のあとのホームルームが終わって、みんなが教室を出て行く。
     午後三時四十分。ほぼ予定通りの時間だった。
     あれから私と笹原くんは準備室に戻り、大急ぎで掃除を片付けた。おかげで終了時間にもなんとか間に合ったのだけれど、結局、壁や天井をぜんぶ磨くことはできなかった。
     先生のチェックが入らなかったのは、どうやら私たちの普段のまじめな態度が評価されたらしい。「笹原はまあ、あれだけど、佐倉がいるなら完璧だろ?」というのが担任の先生の意見だった。
     それよりも問題はエッチな体液で汚れてしまったスカートだったけれど、幸いなことに汚れはスカートの内側だけだったから、濡れ雑巾でごしごし擦ってなんとかごまかすことにした。
     人影のまばらになった教室。
     笹原くんは先に友達と一緒に帰ってしまった。
     少し残念。けれど、悲しくなんかない。
     クラスメイト同士が好きあっていたりとか、つきあっていたりとか、そういう事にみんなはとても敏感だ。興味深々で、ちょっとうらやましくて、たぶん妬ましいと思う子もいる。だから、二人の関係がみんなに知られるとまずいかもしれない。もちろん大丈夫かもしれないけれど、保証なんてできない。
    「佐倉さん、どうしたの? 先に帰るわよ?」
     クラス委員の長野さんがそう言って、蛍光灯のスイッチをオフにした。
     教室に残っているのはもう私だけだ。
     柔らかなオレンジの光がカーテンの陰から差し込んでいる。
    「うん、私ももう帰る」
     両手を机について立ち上がった。瞬間、股間がジュンと潤んだ。
    「っ……」
     足がまだふらついていた。
     これでもだいぶんマシになったのだ。最後の掃除の間なんて、とてもじゃないけれど、まともに歩くことすらできなかった。
     長野さんは一瞬、不思議そうに首をかしげ、でもすぐに「じゃあねっ」と踵を返した。私は小さく手を振って彼女を見送った。
     もう、私一人だけになってしまった。
     制服の袖をじっと見つめた。
     今はもう、私の首に白いリボンはない。私の中にも彼はいない。
     残っているのは一瞬、奥まで繋がった記憶。
     それはあまりにも不確かな記憶だった。
     思い出すと股間がじゅくじゅくと、いつまでも疼きつづける。
     もっと、もっと、確かに繋がりたい。繋いで欲しい。
     袖の中を確かめると、サラサラとしたリボンが手首に巻かれている。
     笹原くんの残した約束。保証のない恋の、小さな証拠。
    「みんなには秘密で、ずっと二人でリボンを手首に括ろう」
     たぶん私と同じように、彼も不安なのかもしれない。
     私はあなたのことが好きです。
     あなたは私のことが好きですか。
     この不安は重くなったり、軽くなったりしながら、たぶんずっと続いてしまうものなのだ。
     だから、私は明日も明後日も、春休みもずっと、私はこのリボンを大切に手首に巻いているだろう。
     キスしていなくても、セックスしていなくても、このリボンがある限り、私と彼は繋がっている。
     ずっと、ずっと――。
     私はゆっくりと黒板に歩み寄った。白いチョークを手にし、小さな相合傘を描いた。傘のてっぺんに、リボンを蝶々結びにした。
     二人分の名前を書こうとして、やっぱりやめた。
     私はそのまま回れ右して、教室を後にする。
     オレンジ色の夕陽の中で、チョークのリボンがいつまでも輝いていた。







    小説 ホワイトリボン | コメント(0) | トラックバック(0)2005/01/10(月)07:33

    コメント

    コメントの投稿


    秘密にする

    «  | HOME |  »